連続ボドゲ小説 〜カタンの開拓者たち〜 6

10.市場

僕は自宅のある村に戻ると、名前のないこの地にエーレンフリートという名をつけることにした。

これは僕の祖父の名だ。実は直接会ったことはないが、死んだ父から聞いた記憶がある。どういう人物かもよくわからないが、それらしい名前があればなんでもよかった。

本を集めた図書館や、議会などは突然作れないが、市場ならば人さえ集めれば成立するかも知れない。

現状のこの村では、何か整理して、陳列し売っているような店などはなく、野菜や編み物を道端で売り買いしている程度の経済活動しかない。

僕は自宅前の広場に、大きな木の看板をこしらえた。その横幅は僕の身長よりも長い。遠くからでも読めるように、できる限り大きな字で「エーレンフリート市場」と書いたその看板を立て、ここは今日から市になる。

数週間経ち、なんとはなしに看板があるからか、村の者たちは「エーレンフリート市場」に集まって物々交換をするようになっていった。

当初の僕の予想以上に市場は活性化し始めた。近場の森で採取した薪や、キノコ類などを市場においてもらうように仲間に掛け合ったり、とにかく買えるものの種類を増やしていった。

その甲斐があったかなかったか。

1ヶ月後には人々が集まってきた。

他の村からも、小麦や、すでに焼いたパン、野菜、果物など食料から、鶏や羊などの家畜まで。今までこうした大きな売り買いの場がカタン島にはなかったから、皆がここに集まり始めたのだ。

ある日、僕が賑わう市場で何がどの程度の価値で売り買いされているかを確認しながら見物していると、マヌエラが声をかけてきた。

しばらく見なかったが、どこにいたのか。

「ご無沙汰しております。マヌエラ殿」

「ほう。エーレンフリート市場。か。島外の真似事でも始めたか? ループレヒト殿は大人しく見えて意外とやり手だな」

「ここには今、生活していくための必需品が集まっています。島の人はここで自分の作ったものを欲しいものと交換するのです」

「なるほどな。本国の市場には全く及ばないが、こうした場があることで生活は豊かになるだろう。ところで、私はつい昨日までミドラ地区の情勢を見聞していたが、アタナージウスという男はなかなかの野心家だったな。私を嫁にもらいたいと言ってきた」

マヌエラは鼻で笑ってみせた。

僕は驚いた。その発想はなかった。

「丁重にお断りしたが、その指導力や行動力は島内で1番強いだろう。果たして私が帰る時、本国がカタン島をどう評価するか。それはループレヒト殿とアタナージウス殿次第ということになりそうだ」

ループレヒト派とアタナージウス派のどちらが島のまとめ役となるか。という噂が流れていることは、僕も耳にしていた。

「私はエーレンフリートをカタン島で1番人が集まる場所にしたいですね」

「アタナージウス殿はこう言っていた。俺たちはカタンのすべてを開拓し、自分の手中にすると」

使者の無表情からは何を考えているか窺い知れない。だが、カタン島の、そして僕の運命に彼女は深く関わっていくだろう。

その後もエーレンフリート市場は人が人を呼び、賑わいは増していった。1年も経つと、いつの間にか島の外から通貨が流入し、流通していく。

通貨というのは、物々交換が主体だったカタン島にさらに新しい発展をもたらした。物々交換時代よりも、市場での揉め事は減った。価値が定まりやすいからだろう。

11.揉め事

だが、人が多くなればそれだけ揉め事が増えることは変わらない。暴力沙汰になれば騎士団が仲裁に入る必要がある。

土地の問題、制度の問題、犯罪の問題、相変わらず続く賊の問題。

あらゆる問題が市場の拡大を機に噴出していた。

なにかが起こるたびに、僕はオスヴァルドやイリーナ、そして他の有力な者たちに相談したが、彼らもこのような状況は当然経験がなかった。

特に犯罪の問題では頭を悩まされた。

騎士団の仲裁でも収まらない荒くれ男たち同士の争いが激化し、遂に死者が出てしまった時に、僕の力の限界を感じた。

その時に、閃いた。マヌエラだ。

彼女に最初から頼るべきだった。

僕はマヌエラの居住地を訪ねた。現在、マヌエラはループレヒト派でもアタナージウス派でもない、中立の村に住んでいる。

マヌエラは僕の訪問に迷惑がらず応対してくれた。

「ほう。人が死んだ? 男たちの喧嘩で。人が増えればそういうことも起こるが、未然に防げなかったのは失態だな。ループレヒト殿」

「こういう時の仲裁……いや、始末の仕方を教えて欲しい。マヌエラ殿は本国から派遣されるほどの人物。犯罪の始末についても知っていませんか」

「ループレヒト殿の判断では、殺した男を殺さないのか?」

マヌエラは僕の眼を見て問うた。

気圧されてはいけない。

「殺すかどうかも含めて、その方法……その結論の出し方を僕はなにも知らないのです」

ややあって、マヌエラは顎を上げ小首を傾げた。

「そのことで私のところに来た。ということは、かなり困っていると見える。アタナージウスも昨日ここに来たが、相変わらず私を嫁にと、口説きに来ただけだったが……」

またしても、アタナージウス!

彼もここに来たのか。

考えてみれば、全く手段は別だが目的は変わらない。如何にして、このカタン島を収めるか。という問いへの答えがここにあるからだ。本国が最終的な決定権を持つならば、権力の鍵は当然マヌエラが握っている。

「わかった。1つの例でしかないが……犯罪者に罪を償わせる為に、本国では1人の権力者の一存で、その始末を決定するということはしないようになっている」

「1人で決定しない……」

「ループレヒト殿が仮に神にも等しい全知全能であっても、すべてを見ているわけではないからな。つまり犯罪の事実をその証拠と共に並べ、そして家族や仲間などの話を聞く。そして、最終的にそれらの話を総合し、罪に対しての罰を決める。死罪に値するのか、それとも財産を没収するなどし、命までは取らないのか?」

「それを何人かで話し合う。ということか……」

マヌエラの話は納得できた。これまで僕が考えてこなかった新しい知識だった。

「本国ではそれを裁判と呼ぶ。そこで決めたことを実行することが、正義となる」

「裁判」

僕には知らないことが星の数ほどあり、今その一端に触れたのだろう。

3歳の時に父に連れられてきた島で、20年以上外に出なかった僕が知り得ない物事。

「マヌエラ殿は私とそれほど年齢は離れていないようですが、知っていることの数が違いすぎますね。マヌエラ殿は一体どこでそのように、色々と覚えたのでしょうか?」

「ああ、学校だ。……学校とはなにか?という質問はよして欲しい。長い話になりそうだから、また今度来てくれ。今日は早く戻って予定を立てたらどうだ?「裁判」の……な」

僕はその日のうちにオスヴァルドを呼び、裁判を開くことにした。やり方はよくわからなかったが、会議を開き、本人の話や目撃した人物などを集め、話を聞き、結論を出した。

多くの出席者の話で浮かんだ事実は、死んだマクベスという男の過度な挑発があったことと、殺した男は娘をマクベスに殺害されていたらしいということだった。

僕たちはマクベスを殺した男を殺さないことにした。ある程度の事情があったことを皆が考慮したからだ。

但し、財産は没収。島からは追放する。