連続ボドゲ小説 〜カタンの開拓者たち〜 7

12.最後の面会

さらに2年の時が過ぎた。

カタン島の大半はアタナージウス派の土地になっていたが、ループレヒト派が管理する地区は面積的に狭いながらも著しい発展を遂げた。

エーレンフリート市場の賑わいはカタン島の顔としてアタナージウス派の住民達も売買に参加している。

さらに、エーレンフリート自体はこの1年以内に議会や学校などが誕生していた。

マヌエラからの知識に加えて、島の外から研究者、技術者、建築家などを迎えた。騎士団も拡充し賊の脅威など、ほとんど無力化に成功している。

そしていよいよ、マヌエラの任期が切れる。僕とイリーナはマヌエラの家に呼ばれていた。単なるお別れを言うつもりだろうか。

イリーナは長く連れ添っている使用人も連れてきていた。

マヌエラの家に到着すると、丁度別の一団と出くわした。

中でも最も体躯の大きな髭面の男。

アタナージウスだ。

「ループレヒト……。お前がまさかここに呼ばれていたとは」

様子からすると、本気で驚いている。僕の訪問は知らなかったようだった。

マヌエラの部下が現れ、応接間に通された。マヌエラは男のような正装で待っていた。腰には細身の剣を纏っている。

「マヌエラ殿、どういうことだ? てっきり純白のドレスで待っていてくれるものだと思っていたが……」

アタナージウスはマヌエラと、ついでに僕を睨みつけた。

「私の任期は今日までだ。今日までの出来事はすべて文書にまとめて本国へ伝えることになっている。即ち、今のこの集まりも含めてだ」

「島はすでに俺が大部分を開拓している。この俺がカタン島の代表者として相応しいことは明らかだろう。この小僧は父親の死を防げなかったばかりか、指導者としても俺にははるかに及ばない」

アタナージウスは僕への敵意を隠そうともしなかった。

「まさか、知らないとは言わせないが……」

マヌエラは呆れたように切り出した。

「このところ、ミドラ地区からエーレンフリートへの移住者が多いのは知っているか?」

アタナージウスは反論する。

「嘆かわしいことだな! 誰かが、俺の住民をそそのかしているに違いない」

「そそのかす、だって? 住民は正直なんじゃないの? 誰だって豊かな場所で生活したいに決まってるじゃない」

イリーナが一歩前に出たが、マヌエラはそれを目で制した。

「この男に見覚えはないか? アタナージウス」

マヌエラは部下に目配せした。それまで直立していた彼女の部下は、一度奥の部屋に移動した。

ややあって、彼は1人の拘束された身なりの悪い男を連れてきた。

その男は目隠しをされ、喋れないように轡を噛まされている。髭面で髪も整えられていない。そして、後ろ手に縄できつく手首を縛られていた。

「見覚えは?」

「……知らんな」

アタナージウスは男を見ようともしなかった。

「こんな男、観たこともない」

マヌエラの部下は、拘束された男の轡を外した。すると男はアタナージウスを見て、怒りの表情を浮かべる。

「旦那! あんまりですよ! あんなに旦那の為に働いたのに、助け……」

男が喋り始めた途端、アタナージウスは駆け足で寄り、彼を旦那と呼んだその男の顔面を拳で打ち抜いた。

男は一発で倒れてしまう。

一瞬だった。

「何をする!」

マヌエラの部下は激高したが、アタナージウスは涼しい顔だ。

「あー、訳のわからないことを言い始めたので、一発目を覚ませてやろうと思っただけさ。まさか寝ちまうとはね。悪い」

「顔見知りのようだったではありませんか?」

僕の言葉に、彼は無視を決め込んだ。

「賢明なるマヌエラ殿がこんな薄汚い男の与太話を信じるとは、思えませんな」

「そうか……。お前の一撃はなかなか威力があったようだが、この男はすでに洗いざらい吐いた後だ。他にも何人か捉えているぞ。こいつらこそ、ループレヒト殿の開拓地に何度か侵入して狼藉を働いていた賊どもだ。どう説明する? これは立派な犯罪行為だ。本国が黙ってはいない」

マヌエラが冷徹に告げた。

アタナージウスは怒りで真っ赤に染まった顔を僕たちに向ける。

「なるほどな。いや、俺は罠に嵌められたんだ! 俺に頼まれたと言うように仕込んだのは、あのくそ野郎の息子、ループレヒト本人じゃないのか?」

「適当な事を!」

イリーナが非難した。マヌエラが追い討ちをかける。

「つまらぬ言い逃れだな。私と共に本国まで来てもらおうか、アタナージウス。そこで弁明の続きを聴くとしよう。そして、公平に裁判を開こう」

だが……そこからは電光石火だった。アタナージウスは懐から隠し持っていたと思われる小刀を取り出し、最寄りに立っていたマヌエラの部下の首元に一閃。切り裂いた。

血飛沫が飛び散り、哀れな兵士は声も上げることができないまま横転する。

さらにアタナージウスはマヌエラに飛びかかった。

マヌエラは帯刀しているが、大男に覆いかぶされたら身動きが取れず剣も役には立たない。仰向けに倒れ、アタナージウスが馬乗りになった。

そしてこの危険な男は、小刀を下に構えた右手をマヌエラに向けて振り下ろす。

絶体絶命に思われたが、マヌエラは咄嗟に首だけ動かし、刃物は床に突き刺さった。

僕はその時にやっと声が出た。

「罪を重ねるな、アタナージウス。諦めろ」

二撃目を振り下ろそうとしていたが、彼は一瞬、僕の方を見た。

「ここにいる全員が口をきけなくなったら、積み重ねた罪は消えると思わないか?」

その最悪な一言を発した一瞬が致命的だった。僕よりも早く動いていたイリーナが、テーブルの上にあった重い金属の燭台をアタナージウスの背後から思い切り頭部に振り下ろしたのだ。

その一撃でアタナージウスは失神し、マヌエラの上に倒れた。

「アタナージウス……」

その場でただ1人何もしていなかった人間。すなわちイリーナの使用人が、突如その男の名を口にして、膝を落とした。

どういうことだ?

「ループレヒト殿、話していないことが1つある。今日はそれを聞いて欲しかった。だが、まさかこんなことになるとは……」

マヌエラが言いながら、倒れたアタナージウスの体を退かす。

僕は喉を深く切られた男の元へと駆け寄ったが、すでに息をしていない。

マヌエラの他の部下が現れ、彼の身体を応接室から運び出していった。