考える所長。アナログゲームの価値は30年前よりも高まっているという理由がわかった。

どうも所長です。今週末は尾張旭のボードゲーム会に参加します。

そして、

今日もコラム書きます

突然ですが、アナログゲームって、コンピューターネットワークで管理された今の時代において、とても前時代的じゃないですか。

AI、仮想現実、拡張現実、仮想通貨の技術は物凄いスピードで進化し続けてる。通貨すらもうデジタル情報でしか存在しなくなるんですかね?

所長はプログラマーではありませんが、エクセルなどでマクロ作って走らせて作業することくらいのことはします。少し複雑なものはプログラマーに仕様書書いて依頼しますし。

いずれにしても、単純な作業を手作業で行うことって、もうほとんどしない。

大体のことはコンピューターに肩代わりしてもらってますよね。

コンピューターに左右されない人はいない

コンピューターを使わない職場にいる人だって、クレジットカード使ったりpaypay使ったりするし、Amazonで高度に分析され個人に対してドンピシャなレコメンドをしてくるおススメをポチったりしますよね。

クラウドって言葉がいまや市民権を得て久しいですけど、ほんとに空気のようにwebがあって、その中に人間の居住空間が存在している。そんな時代?世界?ですよね。

頭の良い一部の選ばれたITプロフェッサーたちが、うまく人間を誘導してクラウドがないと生きていけないように改造している。

単なるツールとしてwebを使っていた時代とは全く異なる、自分たちが分析され、マーケティングの対象となり、購入に向けて誘導されている感覚。

ヒトとして分析されているというより、1個の行動プログラムとして、監視されている感覚。

気づかれないように、彼らは液晶の向こうから、ずっと僕を見ている。

マジでそんな気持ちになります。

いや、気持ちというか、多分事実そうなんでしょうね。

アナログゲームの世界

前置きが長くなりましたが、アナログゲーム。ボードゲームに興じていると、逆に….というか、妙に非現実的な気持ちになるときがあります。

人間の脳で処理できる情報量なんて、コンピューターに比べれば低速も低速。スーパー牛歩ですよ。

わずか数枚の手札から、1枚出すだけでいい。人間が同時に考えることができる量なんてトリックテイキングの手札の枚数くらいですよ。

それでも許されて、いや、それで十分で、次の人がまた同じようなジレンマを抱えながら次の一手を打つ。

それほど難しい計算は必要なく、なんとなーくプレイしてもそれなりにテーブルは進行する。

頭の中で計算しながら、相手の顔を見て分析する。彼の、彼女の狙いはなんだろうか….!!

手札をじーっと見ているから、きっとなにか狙ってるな….

口数が多いからきっと誤魔化そうとしてるな?

とか…..強引、こじつけ気味に独自の分析を楽しんでる。そこにコンピューターのような正確無比な計算や根拠は存在しません。

そうして遊んでる時は、自分の第2の記憶媒体….第2の脳とも言える携帯端末から離れてる気がします。

重たい荷物を一時的に降ろしているような感じがします。

コンピューターに触れてる時間が長い人は多いはず

所長は新聞も雑誌も買わないし、あらゆる情報を端末に頼ってますからなにをするにもwebの中です。お仕事もずっと数台のコンピューターの前ですからね。

そこから離れている時間ってマジでボードゲームやってる時間しかないんじゃないだろうか?っていうくらいありません(笑

でもこれって、極端な例ではないでしょう? あなたもそうじゃないですか?

30年で世界はきっと変わったということだろう

昔はアナログゲームって当たり前というか、コンピューターが普及する前はアナログが当たり前だった。

コンピューターが普遍的ではないから、コンピューターゲームって特別感があった。「ファミコン」があれだけ売れたのは背景となる時代がまだアナログだったからですよね。webもなかったですしね。

今はデジタルが普通。コンピューターゲームに特別感なんて微塵もありません。当たり前です。

つまり、現在ではアナログゲームの方がはるかに特別なんですよ。

コンピューターでゲームするなんて!

っていう30年前の驚きは、今や

コンピューターを使わないでゲームするなんて!

っていう驚きに変わってしまったんですね。まさに逆転。

そう考えると、なんで今アナログゲーム、ボードゲームが面白いと言われているのか、わかりみが深い感じがしません?

別に必要以上にアナログが素晴らしいとか、コンピューターの支配が駄目だとかいうつもりはないです。

ただ、アナログゲームの価値って今の方が昔より高いんじゃないかな?と、思います。相対的に。